「高2生徒、カンニング発覚後に自殺」という記事を読みました。
2021年12月
大坂の進学校の期末テストでとある生徒のカンニングが発覚。
全教科0点という処分と共に写経80枚と反省文を書いたそうです。
日ごろから校長が「カンニングはひきょう者のやる事」と訓示していたそうで
反省文も指導教師が「ひきょう者」を引用した内容に加筆修正させたとか。
その二日後に生徒は自殺しました。
遺書には「このまま周りからひきょう者と思われて生きていくのが怖くなった」とありました。
そして両親が息子を自殺に追いやったのは学校の指導の責任として
学校側を訴訟する予定だそうです。
考えさせられた記事です。
間違いなく彼のやった事は良くない事。
でも、もともと「ひきょう者」として産まれてきた人は居ないと信じます。
短い時間ではありましたが彼が生きてきた中で彼をそうさせた原因があったはず。
もしかするといろいろなプレッシャーでカンニングをせざるを得ない状況になったのかもしれない。
今起きている事象には必ず原因があります。
起きた事を再発させないための叱責も大事ですが
なぜ、彼がそうせざるを得なくなったのか?の原因追及がもっと大事だと感じます。
そうやって人に寄り添いながら、
「この人なら素直に話しても大丈夫なんだ!」と思って貰える関係性を築き
深層心理にある「原因」を見出して、
一緒に乗り越える。
そういう行動を「メンタライジング・リーダーシップ」と呼ぶそうです。
なかなか表面上の出来事しか目に入らず、
どうしてもそこにフォーカスしがちです。
相手との関係性が長くなれば長いほど、
なかなかメンタライジングできない気がします。
私も反省すべき点がたくさんあります。
リーダーになる人にはこの力が必要だと感じます。
日々、起こる事象に囚われずに、深くにある原因に目を向けていきたいですね。