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動機善なりや? 私心なかりしか?

タイトルの「動機善なりや? 私心なかりしか?」
は稲盛和夫氏の言葉です。
私も元盛和塾生ですから、この言葉は何回も聞きましたし
肝に銘じて生きていこう!と努力してきたつもりです。
つもりと書いたのは、
今思えば全然その深さが足りなかったと感じるからです。

しかし、その私心にもいろいろあると最近気づかされました。

「私心」
自分の為の事ばかり考えた心と読み替えていいでしょう。

・自分が儲かればいい
・自分が楽できればいい
・自分が楽しければいい
・自分が幸せであればいい(※こういう方の求める幸せは本質ではないと感じますが)

まだまだあるでしょうけど、
さっと思いつくものをとりあえず並べてみました。

私の中では、
栄達欲も私心かと考えています。

・人に認められたい
・偉くなりたい
・権力を握りたい
・有名になりたい

こういう栄達欲も含めて
とにかく「欲」とつくものは全て悪と
教え込まれてきました。

しかし、その動機が善から来るものであれば
栄達欲も大事な原動力になると気づきました。

自分の影響力を高める事が周りを幸せにするのであれば。
人から認めてもらい、権力を握り、有名になるのは手段としては有効です。

無欲を貫き、一所懸命に人の為に尽くして、その結果栄誉を得る人ももちろん居ます。
そういう方は神の領域の人でしょう。
人類の中でも一握りの方々です。

私達の様な凡人には、到底たどり着けない境地です。

しかし、実現したい善なる未来があり
それを強く強く願うのであれば
自分が栄達した未来を思い描いて、その欲を利用して
困難に打ち克つ力を出す。

そういう意味で、私心もあっていいなと
あるきっかけで感じました。

動機が善なれば、私心もよし。

凡人が、善なる未来を強く強く願い、
結果を出すためには有効な考え方の一つではないでしょうか。

循環経営

当社の企業理念は

「われわれトミソーは
最高の技術と心をもって
お客様の夢の実現と
従業員の幸福を追求すると共に
地域社会の未来に価値ある物を創造し続けます」

です。
私が社長就任して2年目に創りました。
もう9年前になります。

内容を要約すると
「売り手善し 買い手善し 世間善し」
近江商人が商売をする上でモットーとした「三方善し」です。

関わる人全てが幸せになる事を
トミソーの事業の目的としています。

この「三方」に優先順位はないと思っています。
お客様が第一
という話もよく聞きますが、
私は社員自身が幸せでないのに、
お客様を幸せにはできないと考えて居ます。

社長の私としては
「社員の幸せ」を目指す事が、
結果的に三方善しに繋がるのです。

本心から言えば
社員が無理したり嫌な思いをして
お客様に喜んで頂く仕事があるとすれば
そういう仕事はお断りしたいところです。

お客様と共に創る仕事。
お客様とも力を合わせて創る仕事。

そうやってお互いが尊重しあう仕事を続けていくと
取引先業者さんも幸せになりますし
地域社会にも良い影響を与えると思います。

幸せの循環。

お客様ファーストでもありますが
社員ファーストでもあります。

どちらが優先でもありません。

関わる全員が幸せになる世界が理想ですよね。

お金の価値は市場により上下するが、人間の価値はどうか

今の世の中はお金をたくさん持つことが人生の成功の様に捉えられています。

働く場を選ぶ基準が
「どれだけ人間的に成長できる職場か」
ではなく
「いくら稼げる仕事か?」
の方が重要視される風潮だと感じませんか?

「少ないコストで多く儲けられる仕事」が良い仕事
という穿った考え方が世の中のほとんどを占めてます。
そして働き方改革がそれに拍車をかけています。
果たして人は「働かない時間」が多い方が幸せなのか・・・
その上国は副業や投資を推奨している。
おかしな世の中です。

与党の政治家さん達が自分のお金の事しか頭にないんですから
それにまとわりつく企業の面々もそうなるのは必然。
世界を動かしている人々が「お金」に固執している。

「お金を持ってない人は価値がない」みたいな幻想に囚われています。
逆に言うと
「お金がなくなったら自分の価値が下がる」と思い込まされている。
経済至上主義に洗脳され、しかもそれに違和感を感じていない。

「全ての価値基準がお金に置き換わる」
破滅する民族の条件の一つです。

今の世界は完全に破滅の道を歩んでいます。
まさに人間の衰退。

しかし、こういう時だからこそ
人の価値をきとんと見直すべきです。

人の価値は
「どれだけのものを創れるか」
だと思います。

米を作れる人
野菜を作れる人
家を建てられる人
新しいアイデアや事業を産み出せる人
人と人との関係を気づける人
新しい仲間を創り出せる人

こういう人が本当に価値のある人です。

お金を自分の価値基準の中心に置いている人は
金融市場の上下に一喜一憂し、
もしも自分の持っている資産が無価値になったらどうしよう
と戦々恐々と生きているでしょう。

しかし、
何かを創り出せる人は
お金を持っている持っていないに関わらず
常に自分の大切なものを創り出す事に集中していられます。

何かを創り出すには。
その対象物に一所懸命に向き合わなければなりません。
鍛錬が必要です。
そういうものづくりをしていると、人間が磨かれます。
一朝一夕に出来上がるものでもありませんし
もともとそれを持って生まれた人もいません。

人生を歩むうちに、鍛錬を重ね
身に着けていくものです。

そういう場が「働く場」であるべきです。
そういう場を社会が担っていくべきです。

お金の価値が簡単に上がったり下がったりする時代

私達は揺るがない価値を手に入れる鍛錬をしていきましょう。

 

管理される組織か 自走する組織か 

先日、トミソー社内報「ふむふむ」の第一号が発刊されました。
不動産事業部の山口課長と広報担当の鬼原の女性二人で話し合って創ったそうです。

当社は30人弱の会社でありながら4事業部あります。
独立採算制で各事業部で目標を立てて日々業務に励んでいます。

そうやって各チームで目標に向かって頑張っている事は良い事ではありますが
セクショナリズムが現れてくるというデメリットもあります。

山口課長は以前からなんとなく社内が、事業部間の連携や他部署への興味が薄い
と感じていたそうです。
まあ、バチバチで犬猿の仲って訳ではありませんが、
もっともっと深められる。

昨年、トミソー70周年を機に今後100周年に向けて「何を大切」にしていくか?
を社員全員で1年かけて話し合いました。
そしてトミソーのミッション、ビジョン、バリューを制定しました。

トミソー70周年特設ページ

その中のミッション
「一人一人が最大限に力を発揮できる風土」
創りのために相互理解は必要です。

他の部署が何をやっているか?
あの人はこういう趣味があるのか?
などもっとお互いの事業部や人に関心をもとう。
無関心では、事業部を飛び越した協力体制もとりにくい。

という想いから製作が始まった「ふむふむ」

今期のトミソーのスローガン
「ひとつの家族」
にも繋がります。

この社内報ですが、
私は一切関与していません。
「なんか創っているな~」くらいは感じていましたが
創れという指示もしていません。
相談すらされていません。

逆に社長を驚かせてやろうと
こっそり創っていたそうです。

内容のクオリティや
それがどこまで効果があるか?
など、事前検証も大事ではありますが
何より「まずやってみる」の姿勢が嬉しい。
これが一番大事な事。

自分達で課題感を確認して
それを自分達で少しでも解消できないか?と動いてみる。

まさに自走する組織になりつつあるなと感じました。

こういう「自走」は大歓迎です。
いちいち社長に「やっていいですか」なんて聞く必要はないんじゃないかな。

ましてや
「こんな課題があるんですが、なんとかしてください」
という姿勢ではありません。

もちろん会社の課題解決は経営者の仕事です。
課題解決を社員任せにする気はありません。
日々頭を悩ますところです。

そういう時に同じように頭を悩まし
何か自分でも出来ないだろうか
と行動してくれる仲間の存在は
勇気を与えてくれます。

何か全く新しい事を始める時は勇気がいります。
うまく行くかも分からないです。

それでもちょっとでも変わればと思い
一歩前進して、何か行動をする。
しかも自分達の意思で。

こういう動きは絶対的にバックアップしていきます。

トップが指示、管理する組織ではなく
至る所で考える行動が発生しつづける
「自走する組織」をもっと加速させたいです。

弥栄

今朝、住宅のお客様の地鎮祭がありました。
立山連峰が綺麗に見渡せる、田んぼのまんなかの土地を購入されました。
すぐ近くに神社もあり素晴らしい環境の場所です。

1歳ぐらいの男の子とご夫婦。
「庭にテントを張って山を眺めながらキャンプをするんだ」
との事です。

夢が膨らみます。

地鎮祭の後、お下がりを頂いて直会をします。
乾杯ではなく弥栄(いやさか)でいきましょう。
と神主さんが言われました。

初めて掛け声を弥栄で発生される神主さんとお会いしました。
晴天の中、心地よい風がそよぎ、雄大な立山連峰にも見守られ
とても良い地鎮祭でした。

本当にこのご家族の弥栄をお祈りします。

元々、家づくりは神事に近い事でした。
大工の棟梁は上棟式で祝詞を奏上していたそうです。

人の生活に家は必要な事。

そう考えると、家創りって貴いですね。

いつから家が製品になったのか。
戦後、建築基準法が制定され、建築が匠の技ではなく
製品化されていった気がします。

昨年は富山の住宅を手掛けていた会社が5社倒産しました。
今年に入りすでに2社倒産しています。
まだまだ倒れそうという話も耳にします。

もしも家を建てた会社が倒れたら、
だれがその家をメンテナンスしていくのだろう。

地域で、地元で、家を創る会社は
倒れたらダメです。

富山にも勢いのある大手の住宅メーカーさんが進出してきています。
かなりの効率化を計った家創りをしているそうです。
そのシステムを導入しませんか?と営業をかけてこられました。

私達みたいな地域の工務店が、
大手と同じことをやって勝てるはずがありません。

それ以前の話、
関わるスタッフの人数と時間を減らし
効率よく家を売っていくシステムなんて屁ほども欲しくありません。

祭壇の前で玉串をかかげ「弥栄」をお祈りする。
そういう時間を大切にしていきたいです。

我々は潰れたらいかん。
と強く再認識したと同時に
日本の家づくりを見直したいなと思いました。