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心を震わす

百年示道塾の経営者仲間で能登沖地震の被災地支援を続けています。
先週の日曜日は当社の社員もつれて輪島へ物資を届けてきました。

震災後、初めて輪島に行きました。
テレビでよく見る、火事になった朝市通りは
震災以降まったく手つかずの状態でした。
あまりの手つかずさにびっくりしました。
復旧の様子が全くありません。
人がほとんどおらずゴーストタウンの様です。
北斗の拳を思い出しました。
自衛隊やボランティアの姿も見えません。

道を挟んで全く燃えなかったエリアと
全焼しているエリアが綺麗に分かれています。
全焼エリアの中にも道路はありましたが、
その道路を挟んで延焼しているところもあるんです。
あんなにくっきり明暗が分かれるもんなんでしょうか・・・

朝市通りからすぐ近くの焼け残った一角に、老舗の和菓子屋さんがあります。
そこのオーナーがボランティアの大学生にお店を貸していました。
県外から大学生がたくさん来ていて、炊き出しやボランティアを泊まりながら
しているとの事。
話を聞いたら、住宅の罹災届の検査が検査官不足で追いついておらず
未検査だから壊すに壊せない状況なので、ボランティアが居ても何もできないとの事。
罹災届の検査員増員だって他県へ応援要請をすればすぐに出来るはず。
政府や行政はなぜそういう応援もやらないのか?
プッシュ型の支援打ち切りという方針にも違和感を感じます。

輪島以外の七尾や珠洲は少しは復旧が進んでいました。
もう少し人が居て、元気に頑張っていくぞ!という空気が感じられました。

輪島はなんかおかしい。
確固たる根拠はありませんが違和感を感じます。

今回は行政通しての支援物資運搬ではなく、個人的に繋がった方々へ届けしました。
輪島の二勢という山側にある集落の大きな倉庫がある個人のお宅です。
避難所生活が厳しいのでとりあえず自宅にて生活する人が増えてきて、
二勢の避難所は人が少なくなってきているそうです。
水道が復旧はしましたが下水はまだ繋がっていない。
しかもその水も飲料には適していないとの事。
でもやっぱり避難所よりも自宅がいいのは理解できます。当たり前の事でしょう。
実はまだまだ飲料水も支援物資も不足している。
しかし避難所に物資を取りにいきづらいそうです。
家が壊れて避難所生活を余儀なくされている人からの目があったり、
あからさまに後回しにされたり。炊き出しにも並びにくいそうです。
きっとそういう言葉もあるのでしょう。
プッシュ型支援がストップしたのでストックの物資も減ってきているのでしょう。

そういう事があるのか!と驚きました。

なので今回の個人的な支援は大変喜ばれました。
届く予定時刻を集落の皆に伝えてあったので、
どんどんとそのお宅に人が集まってきて、笑顔で私達を迎えてくれました。

ニュースやネットなどでは避難者の減少や水道復旧もあり避難所を閉鎖したという情報も入ります。
避難者が減る事は良い事と思っていましたが、色々な事情がある事を知りました。
数字だけ見ていては分からない。
真実は現地に行き、自分の目で見て確かめないと分からないものです。

物資をお届けしたお宅は地元の教育委員会の委員長との事。
その方が皆を代表して、涙ながらにお礼を言ってくれました。

きっと、
避難所からも疎まれ、
支援も打ち切られ、
世の中から必要とされていない孤独感を感じていたのかもしれません。

富山から9人で3台に分けて物資を運びました。
それが嬉しかったとの事。

心を打たれました。

二勢の方たちに少しでも勇気と希望を与えられたのであれば幸いですし
私達もだれかの為になる事の大切さを再認識すると共に大きな力を頂きました。

朝市通りで出会った大学生もみな素敵な笑顔を魅せてくれていました。

おかしな世の中だけど
人として生きる上で大切なことは、ずっと昔から変わらない。
心を震わす事って意外と単純です。

違和感をたくさん感じる世の中だけど
きっと小さな力の集積が、世の中に波紋を広げていけると信じて、
コツコツと活動を続けていく事が大切だと再認識しました。

この震災の復旧はかなり長引くと実感しました。
行政への募金や支援金は末端の本当に困っている人達へは届いていません。
この先も怪しいものです。

一人一人がちょっとの何か出来る事をやって
それの集積が大きな力になると感じます。

小さな事ですが長く長く続けていきます。

本氣で向き合う

今年も採用シーズンが始まりました。
今週は月曜日、火曜日と連続で合同説明会に出展してきました。

できるだけ多くの学生さんと接点を持ちたいと思い、
頑張ってブースを創りました。

既製品の旗、椅子カバー、テーブルカバーとか、どこの会社も使ってるような
グッズは一切使わず、全て手造りのブースです。
学生さんとの距離を縮めたかったので、椅子を撤去してもらって
畳と円卓をおきました。実家の茶の間を再現したくて。

マイナビさん曰く、畳を敷いて円卓を置いた企業は初めてとの事。
学生さん達に「突き抜けるほどの挑戦を!」って言っているのに
うちの会社が突き抜けてなかったら話になりませんからね。

沢山の学生さんと接点を持ちたい理由は、
トミソーの選考に来てくれる学生さんの母数を増やしたいからではありません。

「自分らしい働き方をする」「自分らしい就活をする」事の大切さを
一人でも多くの学生さんに感じて欲しいから。

どうしても「就活」のイメージが合格・不合格になっているのではないかと感じます。
これは企業側も学生側も同じ。
企業側は福利厚生や休日日数、有給消化率、基本給など「条件」の良さで学生さんにアピールし
学生さんからの合格を欲しがります。
学生さんもまずは服装、髪型、受け答えなどなんとなく続いてきた暗黙のルールに則り準備や練習をし、その企業に合わせた受け答えを考えて企業からの合格を欲しがります。

そもそも「就職・採用」って「合格・不合格」ではないはず。

とある尊敬する経営者は採用を「出産」に例えます。
うちの採用担当の鬼原は採用を「結婚」に例えます。

正に採用とは「家族に迎え入れる事」です。

絶対に「条件」なんかではない。

だから、学生さん一人一人と本氣で真剣に向き合いたい。

トミソーに来なくてもいい。
トミソーと出会い、話を聞き
「こんな考えの会社もあるのか!」
と視野を拡げ、自分らしい後悔のない就活をする。
これが私達がたくさんの学生さんと接点を持ちたい理由です。

事例を一つお話しします。
昨年、当社の選考の途中で自分の本来の気持ちに気づき
違う会社から内定を貰った学生さんがその報告とお礼に来た事がありました。
彼は就活の段階で悩んで悩んで自分を見失い、自分を取り繕い
その企業に合わせた「その企業の正解」を答えようとしていました。
しかし彼は当社の選考の問答で自分の心を深堀りし、
自分が本当に大切にしている事に気づきました。
それを他社の面接で答えたら内定がもらえたとの事。
彼にとってはその企業の方が合っていると感じましたので
私は喜んで彼を不採用にしました。
今でも彼とは仲良しです。LINE友達です。
彼の内定の報告は心から嬉しかったし、ずっと応援します。
まだまだほんの少しですが、目指す未来が感じられました。
「全就活生に幸あれ!」がトミソーの採用活動のスローガンです。

就活をポジティブにする。
学生さんが就活に後ろ向きにならずに、
自分が家族として迎え入れて貰える会社と出会える場が就活と採用です。
もっとワクワクできるはず。
そんな考えをもてる学生さんを一人でも多くしたい。
そのために頑張って頑張って沢山の学生さんに訴えています。

その過程でトミソーに興味を持って、
トミソーに入りたい!と選考に来てくれた学生さんには、
もっともっと時間と力をかけて本氣で向き合います。

家族になるのだから。

なんだか世の中には「採用の歩留まり」という単語があるそうです。
3人採用したかったら9人に内定を出しなさい。
1/3は4月までに辞退していきますとの事。歩留まり約3割だそうです。
嫌な言葉です。大嫌いな言葉です。

人と人が繋がる事が就職と採用です。
工業製品じゃないんだから。

トミソーは1名募集なら1名にしか内定を出しません。

本氣でぶつかって、本氣で迎え入れるんです。

トミソーに入る入らない
関係なく私達の「本氣」を感じたい学生諸君
お待ちしております。

卒業式

今回は「感想」を述べるブログになります。

昨日、息子の高校の卒業式にPTA会長として出席してきました。

良い卒業式でした。
息子の通う富山いずみ高校は県内では珍しく総合科と看護科があります。
昔は女子校でした。

総合科は4クラスあって、2年生の途中から文系・理系に分かれますが、
毎年クラス変えがあります。
看護科は2クラスで、ずっと看護の勉強をします。
看護科には専門学校の様な専攻科があり、
一旦卒業してももう2年間通えます。
専攻科のクラスは一つです。

息子に聞くと、看護科の生徒の方が総合学科よりも途中でやめて行く子が多いそう。
実習などで看護の厳しさなどを知り、進路を変えてやめて行くのでしょう。
一年の時は50人以上いた看護科の生徒も専攻科を卒業する頃には37人です。

3年生までは総合科と看護科と一緒の授業もあったり、
体育大会や文化祭も一緒に行います。

帯灯式を終え、一旦卒業した専攻科の生徒たちは
校舎も少し離れた所で看護の専門的な事を学び、実習に出たりします。
2年間、仲間として看護師や介護士としてデビューするまでここで切磋琢磨するんですね。

卒業式の答辞でここまで感動した事は初めてでした。
一緒に学んだ仲間への感謝の言葉、
この先夢に向けて頑張って行こうと言う言葉が
嗚咽に負けてなかなか出てきません。
代表の答辞を聴いている専攻科の生徒達も皆泣いていました。
本当の「仲間」だったのでしょう。

5年間同じクラスで学び続け、しかもやめずに残った同志です。
この37人の絆は強い。
同じ目標に向かって力を合わせている同志を生む場。
人が育まれるのには場が大切だと改めて感じた日でした。

そしてこういう姿を観させていただいて
心を震わされ、感動で涙があふれだす。
本当に良い卒業式でした。

PTA会報寄稿文

年3回発行される高校PTA会報への
最終回へのPTA会長として寄稿した文章です。

 

「地域から日本的社会を取り戻す」

令和6年は元旦から経験した事のない大きな地震で幕を開けました。亡くなられた方には心からお悔やみを申し上げると共に、被害にあわれた方々には一日も早い復興をお祈り致します。
いずみ高校には大きな被害もなく、受験生にも大きな影響はなかったとの事ですが、甚大な被害を受けた地域の受験生は、人生にとって大事な時を震災でぐちゃぐちゃにされた事でしょう。少なからず私達の子供達にも心の奥底に影響があったと感じます。心の発達に一番大切な中学生の時期に得るべき貴重な経験を、COVID-19に全て奪われ、今度は千年に一度の大地震。混沌として先の見えない時代(VUCAの時代)を、子供達は我々大人と共に生きています。未曽有の事象しか起きない未来。過去の経験や成功事例は意味を成しません。自身で考え、生き抜いていく力を発揮させなければなりません。

さて、昨年はCOVID-19が落ち着いた(風な世論の)おかげで様々な行事が再開されました。恐縮にも体育大会に招待して頂き、子供達の姿を間近で観させて頂きました。彼らが経験した事のない初の体育大会を、彼らは自分達の創意工夫でしっかりとやり切りました。素晴らしい笑顔と感動を頂きました。彼らはこんな時代でもちゃんと仲間・同志と社会を築いています。

また少し悲しむ事象とも出会いました。生徒と保護者の懇談会での生徒達からの事前質問。子供らしい無邪気な質問も多くある中、その一つに「子供って必要ですか?」の一文を見つけました。前日にこれを読んで涙が出ました。社会の一番小さな単位「家族」の中で自分が必要とされているのか?疑問に感じているとすると大きな問題です。ならば一回り大きな社会である「地域」の大人達が「何を言っているんだ。絶対に必要だ!」と強く伝えていかなければなりません。これこそ我々PTAの役割です。教師も親も関係なく子供達を「教え、育む」。幸い懇談会は参加された親御さん達が真剣に子供達に向き合って頂いたおかげで、中身の濃く良い内容になりました。私達の村で産まれた私達の子供達を村の大人達皆で護る。その場にそういう日本的な社会が現れ、希望の光を感じました。子供達の大きな勇気に繋がったでしょう。親御さん皆さんには感謝しかありません。

先の体育大会でも感じた子供達の力。彼らが産まれてから今日までほとんどが初体験です。それを仲間で支えあい激励しあい生き抜いています。VUCAの時代を乗り越える力は今こそ彼らが持っています。私達大人はただ子供達を信じて、「わが村に産まれた君たちが一番大切」と伝えるだけ。こういう時代だからこそ日本的社会で子供達を護っていきましょう。

最後に。いずみ高校の生徒の皆へ。短い期間ではありましたが皆からは力強さを頂きました。こんな大変な青春時代を仲間達と力を合わせ乗り越えた皆さんです。きっとこの国を支える希望となります。卒業生も含めていずみ高校生徒全員に幸多からんことをお祈りします。

1年間ありがとうございました。

 

なぜ諦めないのか

なぜ諦めようとしなかったのか?

って質問をされたんですよ。
先週に開催しました示道塾の公開講座というイベントで
私、パネラーとして人前で話をしたんです。

その時の話の中でこの質問を受けました。

いきなりだと意味分かりませんよね。
パネルトークの中で
示道塾と出会って、新卒採用をスタートし、
良い会社にしたい!とずっと取り組んできた中で
逆境ももちろんあるなか
なぜ諦めずに突き進んできたのですか?
という問いかけがありました。

もちろんまだまだゴールは遠く。
(いやゴールなんてものはないかもしれないですが)
まだまだ全然道半ばではあります。

一応、パネルディスカッションの事前の打ち合わせはしていたのですが
その前の基調講演がかなり突き刺ささりまして、
完全に頭がリセットされていました。

事前打ち合わせの内容を忘れていまして
質問されたときにポカーンとしてしまいました。

で、思わず口から出た言葉が

「仕方ない。理想が出来ちゃったんだから」

でした。

そう。
理想ができちゃったんです。自分の中で。

今でもはっきり覚えている自分の原体験。
4年前の令和の武者修行。
新入社員と子供達が3日間の登山を終えてゴールしてきたその瞬間。

朝に山小屋を出て13時間も山を歩き続け
真っ暗な登山道をヘッドライトの明かりを頼りに下りてくるメンバーたち。
ゴールして涙で抱き合い、達成の喜びを分かち合う同志。

この瞬間、このチームは紛れもなく「世界一のチーム」でした。

世界一って相対的なものではなくて、
自分達が「世界一の仲間だ!」って思えるかどうかですよね。

こんな仲間を会社で創っていきたい!
って魂で感じちゃったんです。

仕方ない。
魂が理想のチームの姿を感じちゃったんです。

諦めるという選択肢があろうはずがない。

頭が空っぽの時に思わずこの質問が来まして
ふっと出た言葉でしたが、
素直にそう感じたんだなあ。と
思い返しても納得できます。

仕方ない。理想ができっちゃったんだから。
やるしかないんです。